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絶望の底で見つけた一筋の光
プロフィールを読むと、
まるで僕が「光の人生」を歩んできたかのように
見えるかもしれない。
でも、実際はまったく逆.....。
かつての僕の人生は、
闇の中で絶望し、泥にまみれ、
それでも悲しく光を求めつづける――
そんな日々の連続だった。


もの心ついた三歳のころから、
僕にとって人生は“辛さを耐え忍ぶ場所”だった。
生きるというのは、
心も身体も、ただその痛みに耐えることだった。


十歳から十三歳まで、僕はニューヨークにいた。
地元の学校に通いながら、新聞配達をしていた。
真冬の凍える朝、風邪をひきながら新聞を配った。
薄暗い配達所で、移民の子どもたちと
時おり言葉を交わした。

生きる痛みから逃れるため、
自傷していた
日本に帰って二年。 僕は高校に入った。
――場違い。
良家のご子息が通うような学校だった。
そして、満員電車の中で見た“世の中”にも、
心の底から絶望した。
十六歳の僕にとって、
人生とは“死の衝動に耐えること”だった。

苦しみを忘れたくて、
自分の身体を壊しはじめた。
リストカット、薬の過剰摂取……
高校は二校を中退し、家を飛び出した。
やがて、ホームレスになった。





光の中で、世界が消えた
そんなある日、
音楽の演奏中に、不思議なことが起こった。
世界が――すべて光になったのだ。
二度あった。
そのあと、ふと思った。
“悟りって、こんなことを言うのだろうか?”
宗教にはまったく興味がなかった。
なのに、なぜそんな言葉が想い浮かんだのか?

十八歳のとき、修行道場に通うようになった。
念仏と読経に没頭する日々。
三か月ほど経ったころ、
人生で初めて、“安らかに眠る”ということを知った。


断食三日目
自分を救う光
修行に打ち込んで三年。
僕は、宇宙大霊の大愛と光を体験した。
救われない霊を救う方法も学んだ。
そして、人には目に見えない身体があることも体験した。
それらの体験は、僕を.....根こそぎ救ってくれた。

宇宙大霊からの宿題
それ以来、人生の目的が変わった。
宇宙大霊の愛を、人々と分かち合うこと。
僕が僧侶になったのは、ただそのためだった。
自らの体験で得た霊的メソッドを形にして、
人々に伝える――それが宿題だった。
苦しみに耐え続けた少年は、
その宿題を果たすために、
人生のすべてを賭けた。
その集大成が、『悟り爆発、希望の火』シリーズである。