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4  本願と氣のからだ
本願の悟り体感

ある日、ふと気づいた。
身も心も、すっかり抜け落ちていた。

――ああ、これが「身心脱落」か。
道元禅師の言葉が、身体の奥で響いた。

 

*パウロが聖書で語った
「もはや、われ生きるにあらず。キリスト、わが内に生きるなり」あの言葉の意味は、これだったんだ。

*パウロは、初期キリスト教の使徒で、新約聖書の著者の1人だね。

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宇宙の大河 ― 大河本願身

やがて気づいた。
宇宙には、本流のように流れる大いなるエネルギーがある。


それは、あらゆる願いを
成就へと導く霊的な流れ。


僕はそれを――宇宙の大河、大河本願身(たいがほんがんしん)
と呼ぶことにした。


長く背負ってきた重いカルマの荷が、
ふっと抜け落ちていったのは、
そのとき、「本願」のエネルギーが氣のからだに満ちたからだった。

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他力に任せ切る ― 絶対平和の体感

ふと気づくと、
僕は如来の他力に、身も心も委ねていた。

 

何の力みもなく、
ただ絶対の平和の中を漂っていた。

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自分が何かを“している”という感覚は消え、
宇宙そのものが、僕を動かしていた。

宇宙大霊の他力が、
僕の一挙手一投足をも為さしめていたのだ。

宇宙にすべてを委ね、生かされる

自我が放たれ、あらゆる行為が――
“仏が為し給う”という体感に変わった。

おそらく、これが浄土教でいう
任運無作(にんうんむさ)
あるいは全託、放下、仏作仏行――
そう呼ばれる体感なのだろう。

宇宙の運行にすべてを任せ切ったとき、
*無為の真人(しんじん)”が生まれる。

※無為の真人(しんじん)

如来――すなわち宇宙そのものに、すべてを委ねて生きる人のことだね。


仏教では「自然法爾(じねんほうに)」とも言うよ。

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無為の真人 ― 宇宙の流れに生きる

願いのすべてを実現へ導くのは、
この宇宙の大河――大河本願身。

それが氣のからだに宿るとき、
人は宇宙の運行に任せて生きる。

パウロも、親鸞も、
すべてを神に、阿弥陀に委ねた。

そのとき得られるのは――
尽きることのない、絶対の平安。
永遠に安住する、静かな幸福だ。

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氣のからだ

氣のからだの影絵――
それが、肉体。

肉体は氣に動かされ、
氣は心と身体を結ぶ、
目に見えない橋のような存在だ。

半径およそ二メートル。
伸び縮みする球体。
それが――氣のからだ。

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願いを現実へと形づくるのも、この氣のからだ。
それが未来を創っている。

氣の表面を、ゆっくりと回転する*経絡 ――
まるで太陽のまわりをめぐる惑星のように。

この理(ことわり)を生きるとき、
人は自然と、平和の道を歩きはじめる。

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*経絡は、心身を流れる宇宙の生命エネルギーなの。


東洋医学では経絡を調整して病気を治すのよ。

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